disconstruction of the felicity

8月28日

 ついに惰性の味を覚えた私はそれを猛省することもなく、えもいわれぬ悦楽を見出した。休暇は今にも明けようとしているのに、自分だけが遠方の海に放り出されているような気がした。sabotageの旨みを覚えてしまったからだろうか。

 思案の夜中、秒針だけが私の中の無限の絶望から時間を切り取っていた。そのうえ、今度は走る列車に身を投げようと、奇怪な勇気だけが一人歩きしていた。この頭痛が苦悩によるものではなく、冷房への反逆でしかなければ良いのだが……